やった課(やってない)

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「やった」課

「やる」と心の中で思ってたら、すでに行動は終わっていたんだ

人見知りって言葉は意味が広すぎ。別の名前を付けてくれ。

togetter.com

星野源は変化した人だ。
元からスゴイ人では全然なく、むしろ長年寄り道ばっかりしてた、偏屈な自意識と劣等感の塊だったのに、そこから自分を変化させて今のステージに上り詰めた人。先入観で嫌っている人にこそぜひ書籍を手に取ってほしい。

ちなみにこの記事のコメントで「人見知りや内気をさらに追い詰める言葉だ」ってのがあったけど、星野源が言ってるのは自己認識の話だとおもう。大事なのは自分で自分のことをどう感じるかで、星野源は相手に気を遣わせる自分をカッコ悪いと思ったんだろう。人見知りの自分が好きって人ならとりあえずそのままでもいいんじゃないか。

それはさておき、「人見知り」って言葉はあいまいだよね。

「人見知り」の意味

従来は子供が知らない人を見て、恥ずかしがったり嫌ったりすることである。(中略)現在は「人見知り」という言葉を大人についてもよく使う。また、最近ではコミュニケーション、人付き合いが苦手なこと、知り合いや顔見知りの前で自由な感情を表現できない事、を表す用語として使うこともある。
(wikipedia:URL:https://ja.wikipedia)

だいたいこんな意味で使われてるよね。異論なし。

人見知りを対面で自称することについては個人的にそんなに悪い印象ないよ。いろんなケースが考えられるからね。

「人見知り」を自称するケース

コミュ障の自分を守る

星野源が話しているのはこのケース。
つまり「自分はコミュニケーション弱者だからハードル下げたい。気遣ってくれ」というメッセージ。人前に出ては来るけど自分に対するハードルは下げておきたい人。残念ながらこういう人が甘やかしてもらえる期間はあまり長くない。場数を踏んで改善することをオススメする。僕も頑張る。


共通点探しの一環

実際のコミュニケーションレベルはさておき「自分は人づきあいがちょっとニガテ、と思っている人」はかなり多い。
そういう人は、自分と別人種に思えるコミュニケーション強者より、なんとなく内気でインドア派で内向的な人のほうが仲良くなれる気がするもの。だから相手から「人見知り属性」の空気を察知した時点で、雰囲気を和やかにするために「実ははずかしながら人見知りなところがあって…」と告白してみるケースはある。

個人的にはそういう切り出し方をしてくれる人とはシンパシーを感じて仲良くなりやすい。これはつまり、僕から人見知りの属性を感じ取っていただいたということになるので、大変面目ない限りだが…

 

ウケ狙い

お前が人見知りなワケねーだろ!!という人が口にすると物議をかもして一瞬盛り上がることがある。本当に人づきあいにコンプレックスを感じてる人間からすると大変うっとおしい。
もっともこれも、実は外から見るとそうは見えないだけで、本人はすごい頑張ってるのかもしれないけど。

人見知りの内訳

人づきあいが苦手な人にもいろんな種類がある。それを「人見知り」でひとくくりにするのはいささか乱暴に感じる。
一応僕のほうでも替わりの名称を提案しておく。ぜひ採用していただきたい。

初対面が苦手な人

知り合って間もないころは全然しゃべらず無愛想な感じがするが、時間がたつにつれて饒舌になりジョークも飛ばすようになり、気づけば別人のように朗らかになってくる人。職場など長い付き合いのコミュニティでの印象はいいが合コン・街コンなどにはめっぽう弱い。
人見知り : 尻上がり

リアルでの会話が苦手な人

顔を合わせて、体を開いて、目を見て会話をするのが苦手な人。外見やフィジカルに自信がない人に多い印象。
そのせいかネット上のコミュニケーションでは饒舌な場合もある。その場合は鋭い指摘やシニカルなウィットを飛ばしてくる。
人見知り : リアル地蔵

長期の人づきあいが苦手な人

初対面では非常にこなれた対応をするも長期間そのモードを維持することは苦手で、だんだんと無愛想になったりコミュ障な部分があらわになってくる人。たぶん人づきあいのノウハウ本で勉強したことを実践して頑張るが、だんだん気持ちが追い付かなくなってくるんだろう。
人見知り : 竜頭蛇尾

 

「人見知りという個性」は甘え

自称するかはここでは問わない。現時点で人づきあいが苦手なのもしょうがない。
でもその弱点を「人見知り」という個性に置き換えてしまうとそれは甘えになる。

だって「コミュニケーションが大事」なんて全世界どこで生きていくにも共通で当たり前のことだ。それをわかっているくせに自分の弱みを「人見知り」という言葉の器に入れて、それが自分の個性だからと変化をあきらめてるんだもの。結局のところそれが「人見知り」の正体だ。

いや人づきあいが苦手な気持ちはすげーわかる。僕もいまだに意識しないと目を合わせず会話してしまう。
でも自分でなんとかしなくちゃいけないことを、「でもそれが自分だし」って諦めたら成長止まっちゃうでしょ。それより今苦手でも自分なりに頑張ったほうがいいでしょ。

それともそのまんまがいいの?そんな自分が好きなら止めやしないけど、あとあと自分がしんどくなると思うよ。その心の準備はOK?

もし危機感を感じるなら

まずは自分への「人見知り」のレッテル貼りをやめよう

「人見知り」は言葉の意味が広すぎる上に響きがよすぎるのがよくねーんだわ。曖昧なネガティブワードは無意識に染み込んで自分への認識をショボくしてしまうから。

それより人づきあいの中で自分が本当に苦手なことを見極めて、「今はその部分を改善してる最中だ」とリフレーミングするのがいいよ。
「初対面は緊張してしまう」でも「リアルはアウェイ感がすごい」でも「長期の人づきあいでは馬脚を現す」でもいいんだよ。「今のところは」ってつけておいて、これからどんどんよくなっていくって展望さえあれば。


以上、偉そうだが僕も絶賛改善してる最中。お互い勝手にがんばろーね。