やった課(やってない)

「やった」課

「やる」と心の中で思ってたら、すでに行動は終わっていたんだ

あの人の話に「厚み」がない理由

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anond.hatelabo.jp

へぇー。

テレビを見ないと話しに厚みがなくなるのかー。時代は変わったなぁー。

なんて思ったが

そもそも話の厚みってなんだろう?



人と話すときに「自分の話に厚みがないって思われてたらどうしよう…」と不安になることがある人もいるんじゃないだろうか。

この「話の厚み」については僕の中ですでに結論が出ているのでカンタンに説明しよう。参考にしてください。

 

「薄っぺらな話」ドッキリテクスチャー

厚みのない「薄っぺらい話」視覚的に表現するとこう。

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ペラッペラ。

さて、ここから厚みを出していこうとなら、奥行きを持たせれば立体感が生まれる。
それはまるで2次元を3次元の立体にするようなものだ。

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ではここでいう話の「次元」とはなんだろう?

話の次元とは

それはテーマに対する切り口の多彩さだ。

つまり、ひとつの視点からの偏った見方だけで話をすると、話の広がりが感じられないし視野が狭いことがまるわかりで薄っぺらく感じるということ。

そこに新たな視点を加えることではじめて物言いに立体感は生まれる。

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ちなみに話に深みが生まれるとしたら、そのそれぞれの視点でどのくらい考えを深めたかということ。蓄えた知識を材料に「why」を繰り返して物事のエッセンスをどれだけとらえていることと言える。

つまり、

厚み その考えが複数の視点の知見から導かれたものか

深み それぞれの視点からどれだけwhyを繰り返したか(深堀り度)

と言い換えることができる。

話の芯となるもの

ちなみに本当に存在感のある話をしたいときに欠かせないのは自分の意見や考え。

「話」を立体物で例えたとき、その中心部分に芯として詰まっているのはいつだってそれだ。
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(しっかり話をするとき必要になる芯の図)

それは自分の感覚と価値観を様々なものごとを砥石にして繰り返し磨きながら地道に作り上げられていくもの。

これについては、あらゆる媒体あらゆるテーマが自分の考えをつくる題材になりうるので、自分の話がなんかペラいかも…と思う人は、

  • まったく別の視点からそれを見るとしたらどんな視点か?と考えてみる
  • その視点から見た場合どんな情報があるんだろうと即情報収集
  • その視点と得た情報から自分なりの考えを作り出す

ということを習慣にしてみよう。

これを繰り返していくと、ある物事にたいして厚みと深みと密度を感じさせる話ができるようになるだろう。このとき情報が正確で興味が持てるなら、媒体の種類なんて二の次だ。


さて、話に厚みと芯を持たせる方法は紹介したんだけど、実際のコミュニケーションではもっと大事なことがあるんだよね。

その「厚み」本当に必要?

上であげたような「話の厚み」を出すトレーニングはどれだけやってもいいけど、実際の会話ではシチュエーションと程度を選らばなくちゃいけない。

なぜならそれは場合によって「重たい」とも表現されるからだ。


こんなことはないだろうか?なんとなーくちょっとした軽めの話題を振ったときに、すさまじく熱い勢いでまくし立てられた…


たとえば「冷えたおにぎりっておいしいよね」と友人に話しかけたとして

「そうだね、冷や飯なんていうと慣用句的にまずいもの食わされるみたいなイメージがわいちゃうけど、温度が下がることによって人の味覚はしょっぱさを感じやすくなるから味濃い目が好きな人も少ない塩分でおいしく感じることができるし、
冷えた米のデンプンはレジスタントスターチという難燃性デンプンに変質することで食物繊維のような働きをするようになって、血糖値の上がりも緩やかになるし消化器の細菌叢環境も改善されるかも。もっとも、常温まで冷えた米のデンプンがレジスタントスターチに変質する割合は40%にも満たないから、あまりそれを過大評価しすぎると結局カロリーの摂りすぎになっちゃうけどね。僕自身カロリー計算がややこしくなるからダイエット効果は期待しないようにしているよ!!」

と有意義っぽい知識と意見をガーッっと聞かされて、「へぇーそうなんだぁ…」と温度差だけをひしひしと感じるような。

相手は「面白い話をしてやったッ!」くらいな得意げな顔をしている。でも自分はただ「わかるー!私もアツアツより好きでさ…」といったキャッチボールを楽しみたかっただけなのにな、と残念さを感じるような。米より私のほうがヒエヒエだっつの、といいたくなるような。

つまり実際に話の厚みが必要となるは、あくまで話の厚みを相手が期待しているときってこと。
自分の知識やガチの意見を披露することに捕らわれてしまうと、どんなに流暢に含蓄ある言葉が口から出たところで相手にはメタ視点で「会話のキャッチボールができないやつ」と思われてしまう。

ていうか話の中で最初から厚みを求められることなんてほとんどなくて、ライトなキャッチボールを繰り返しながらちょっとずつ速球・変化球を投げて相手の様子をうかがううように、ちょっとずつ厚みのありげな話を小出しにしていけばいい。

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(ちょっとずつ増してく話の厚みの図)

つまり、しょっぱなから話の「厚み」だの「深さ」などにこだわる必要はぜんぜん無い。まずは相手と楽しくキャッチボールができるように、軽めの球(話題)を仕込んでおけば、ほとんどのケースではそれで十分だと思うのです。

 

まとめ

  • 話の厚み とは 異なる視点でモノを見ることで得られる知見!

  • 自分の考えという芯があってこそ話に存在感が生まれる!

  • でも話の厚みや存在感が常に求められるわけではない!まずは軽いキャッチボールを楽しくこなせるようになろう!

以上、もし「自分の話って厚みがないかも…」と悩める人に解決策と「実際そんなに心配することはないっすよ」という主旨が伝わっていたら幸いです。

以上、情報共有でした!


ちなみにこんな記事も書いてます!

done-section.hatenablog.com


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